« 悲しいほどに恐ろしい状況のなかに生きている日本人 | トップページ | 高齢者社会に望むもの »

2019年12月12日 (木)

人間とは何かを自問する歳になる

   老齢化という事実は何を物語っているのか。寿命が迫っているという知らせであろうか。生命力によって生かされていることを改めて気付かされる機会であるのか。いずれにしても自分ではどうにもならないことである。いつの程か人生が終りに向かっていたのだと改めて知覚する。最早、医薬をもってしてもどうにもならないものである。それを医薬に頼って引き延ばそうとする医療は不自然である。延命治療と呼ばれている。この反対が自殺である。自ら命を縮める行為であるから延命の正反対である。
 健康を医薬で買うのか、生命力で寿命を迎えるのか。この二つの選択は、昔は、金持ちと貧乏人の違いであった。貧乏人は医者にかかることなどカネがなくてできなかった。今のような健康保険制度などなかったのである。このどちらが幸福であるのか。金持ちをうらやましいと思うのか、貧乏であることを平然と受け止めるのか。貧富の格差と健康とはどのような関係になっていたのか。昔のこの国の姿を思い浮かべると、現在とは隔世の感がある。諸々のことが諸々の関係を結んで、諸々の人生があり諸々の社会が生まれている。諸々に考えながら諸々に行動するのが社会を創っている人間である。人間の生きざまはまことに不可思議である。其処に明解な一つの解があるわけではない。人間とは何か。高齢者となった今、一番関心のあることは、このことである。

« 悲しいほどに恐ろしい状況のなかに生きている日本人 | トップページ | 高齢者社会に望むもの »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 悲しいほどに恐ろしい状況のなかに生きている日本人 | トップページ | 高齢者社会に望むもの »