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2019年12月 6日 (金)

この国の再生にとってのスピリチュアルな起点となった即位の礼・大嘗祭

  何事も先方からやって来る。自分で計画を立ててしようということよりも、それをさえぎるように、これでやれというようにすることが湧く。そういうことをを経験していると、なんだか、神さんの仕業のように思われてくる。やおよろずのかまさんのうちのいづれの神さんであるかはわからないが、人には守護神と言われる神さんがいらっしゃる。そのように教えられ、そのように信じて育ってきたのである。それに仏さんが加わって、神棚と仏壇が家の中では神聖な場所であった。朝夕のお参りを欠かさないのg家庭の習慣になっていた時代があった。今でもそれを続けている家庭もあるだろう。
 そういう平穏な家庭を乱したのが戦争だった。一家の主人だけではなしに、子供もすべて男の子は適齢に達すると徴兵されて戦地に送られた。主人も死に、ひとりあとに残された母親が猫いらずを飲んで自殺したという身近な事件もあった。お国は国民の家庭を次々と壊していったのである。そのうえに空襲で家を焼かれ済むとこもなくなった家庭が沢山あった。コメが主食であったこの時代にコメの配給は1日2合3酌を決められていた。
 敵は、原爆投下だけではなく、都市や山村すらも空襲で焼き尽くした。じゅうたん爆撃といわれる皆殺しを目的にした空襲であった。神さんや仏さんに救いを求めるしかそれを逃れる方法はなかったのである。B29爆撃機による爆弾の投下とグラマン戦闘機による機銃掃射から逃れる術は既になかったのである。大本営発表というのは嘘ばかりであったが、当時は信じるしかなかった。あのまま本土決戦などを選択していたら、国民も国家も消滅していたであろう。その運命を知ら占めていたのが沖縄での米軍も攻撃であった。
 あのまま亡くなってもおかしくなかったこの国が、今のように蘇生したのはそれ自体が不思議である。戦勝国である米英仏中露の5カ国に日本の国土は分割統治されるという案も存在していたのである。もしそうなっていたら今のこの国はなかったであろう。思えば恐ろしいことであったが、無事に独立を認められアメリカとの安保条約に落ち着いたのは不幸中の幸いであったのかもしれない。
 今年は進展欧の即位の礼も大嘗祭も無事に終わって、この国はスピリチュラルな面でも再生を果たしたのである。神代の時代から連綿と續く天皇家の存在が再確認された年である。これからのこの国の再生にとってのスピリチュアルな起点が与えられたというべきであろう。

 

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