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2019年12月 8日 (日)

いずれの頂点を目指すのか

  それぞれの人にそれぞれの頂点がある。無私の頂点を目指すのか、我欲の頂点を目指すのか、この問いかけは、すべての人に向けられている。生き方の違いは生まれた時に決まっていたのか、生まれてから身に着いたのか。人を見てその違いが判る。人間という生き物の不可思議なところは、その違いが大きすぎることである。基督とトランプのように。現在、この比較が一番わかりやすいであろう。それほどに、今の世の中は人類の破局に差し掛かっている。
  ヒットラーがヨーロッパに置かれて、ヨーロッパは壊滅的な打撃を受けた。トランプがアメリカに置かれてアメリカは理想の崩壊に直面している。世界がその恐ろしい影響を受けて動揺している。再び、無秩序な世界になろうとしている。我欲の頂点は人類の滅亡である。基督の復活が今再び起こるのか。我欲の頂点に人は運ばれてゆくのか。
  今、人類に襲ってきているのは、その存在そのものの否定である。我欲がその道を開いている。最早人間性そのものが消滅しようとしている。これを救うのは、無私への導きである。神と動物の間に人間が存在するいわれを再び確認すべき時が来たのである。

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