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2019年12月 3日 (火)

老いてのちの人生の散策

  日頃、文通などで親交のあった優秀な学者が、71歳で亡くなったという知らせが、奥さんからの喪中状で届いた。年末は毎年、喪中状がたくさん来るので驚かされている。そのほとんどが私よりも若い人の死を告げている。学会に籍を置いていた頃のお付き合いを思い出して懐かしいやら寂しいやらである。
 そして、にわかに、勉強しないといけないという思いに駆られる。研究するには歳がゆきすぎている。そのようなおこがましいことではなくて、自分が理解できる範囲で知識を得るという姿勢である。最近は、それに安らぎと楽しみを感じている。
  70歳と言えば、老境の入口であると思う。ようやく現役を終わって、そろそろ自分の修業に時を過ごせるという思いがする年齢であろう。せっかくのその機会を前にして他界するというのはいかにも寂しい。私はこの20年間をこのような心の環境の中で生きてきたのである。余生を楽しんできたと言えるのかもしれない。現役の時とはまた別の時を過ごしてきたという思いがする。老後とはこの期間を言うのであろうと思っている。さて、これからは、それを過ごした新しい次元に立ち向かわねばならないのであろう。実は、それが経験できるまで生きねばならない。どこまで命をいただけるのか時が経ってみなければわからないが、自然にいのちが消えるまで、長生きしたいものと思う。老いてのちの人生の散策に楽しみを求める心境である。

 

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