« 老年の立ち位置 | トップページ | 「大勲位」の死 »

2019年11月29日 (金)

科学技術の発展と犠牲

  原発の不安は、それが未成熟な技術に頼っているからおこっている。原発が不可欠なエネルギー源であるというのであらば、不安のない安全な現オ発を開発すべきである。先のローマ法王の言葉を私はこのように解釈した。未熟な技術で原発を稼働させていることに問題がある。原発の科学技術をこのままで使い続けるのは殺人予備罪にも相当する。それぐらいの思いをもって技術開発をしてもらいたい。それができないというのだあれば、小泉元総理のいうっように、原発ゼロにすべきでしょう。
 医療の世界でも同じことが言える。未完成な未熟な医療技術の人体実験をするような医療や投薬は犯罪なのです。昔、この国にも「学用患者」というのがあったと聞く。人体事件をするためのかっじゃでその代わり理に医療費無料というのではなかったか。732部隊と同様な犯罪である。それが医療の世界では通用している。研究開発に不可欠な実験だからであろう。今でもひそかにじっしされていることは間違いないでせろう。制約が居さhにとっては不可欠な実験である。医者は自分の処方に患者を有無を言わせずに従わせる。事務んを何様だと思っているのであろうか。製薬会社の仕事の一端を担っているにすぎ何のではないか。従来から、製薬会社から多額の報酬が医者、医療機関に流れ込んでいる。
 アメリカの原爆投下は、原爆の効果を知るための実験でもあった。その罪は問われていない。科学技術はこのようにして開発されている。人体以外の生物実験は当然のように行われている。生命の尊厳という認識がご都合主義に任せあられているからであろう。

 

 

« 老年の立ち位置 | トップページ | 「大勲位」の死 »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 老年の立ち位置 | トップページ | 「大勲位」の死 »