2018年12月12日 (水)

「間人主義」と「個人主義」の対比といまの日本人

この説明の中で、わかりやすく簡潔にまとめてあるのを抜粋しよう。(38~40頁)

 「西洋文化の中核ともいえる『個人主義』は、次のような三つの属性を備えている。
(一)自己中心主義(二)自己依拠主義(三)対人関係の手段視(詳細説明は省略しました)、
これに対して『間人主義』もまた、それらとは対照的な三属性を有している。
(一)相互依存主義(二)相互信頼主義(三)対人関係の本質視(詳細説明は省略しました)。

 「このような『個人主義』と『間人主義』は、単位西洋人と東洋人(日本人)の対人関係のありようを対比するための概念であるにつどまらず、むしろ両者のそれぞれ価値づけられた人間存在形態もしくは対人的連関の様態を指し示す用語なのである。すなわち、『個人主義』は、西洋人ンとして望ましい社会生活の在り方を、また、『間人主義』は、東洋人にとって願わしい交わりの持ち方を表明している。」

 「西洋人では、互いに信頼し得ない者どうしがそれぞれ個人主義的に行動することとなるから、集団生活をスムーズに営むには、相互間での権利義務の確認と、契約の確実な履行とが不可避の要件となる。これとは対照的に、東洋人の『間人主義』社会は、契約が不文律的な毛尾対尾で成り立つような、いわば、”黙契”の社会(久保浩平)だと性格づけられよう。そこでは豊かな相互性が眺められる。」

 この場合、相互性というのは、相手が自分の思惑どうりに振る舞ってくれるだろうというという予期であるにとどまらず、自分の誠意は必ず相手によって正当に報われるはずだ、という確信でもある。中国人では、それは『報』の概念、日本人では、『恩・義理』の概念としてモラル化されてもいる。」

 昭和55(1980)年当時ではここに説明されているような社会であったのであろうが、平成30(2018)年の我が国における現状では、ここに説明された「間人主義」は消滅しているのではないかと思われる。日本人の生き方が個人主義の方向にすっかり移っているようである。そのようにおもわれてならない。それが実は、この国の国際化の方向性ではないかと確信したくなるほどである。

 間人主義」と「個人主義」を対比するなかで、いまの日本人がすっかり個人主義化しているという感覚を実感として持っているのは私だけではないであろう。家族の個人化という現象が社会に根を下ろしている。社会ではもはや助け合いよりも競争が優先している。これを日本における個人主義の浸透といっていいのだろうか。「間人主義」といわれるような人間観、社会観、道徳観が、今もなお日本人の精神構造の根底にあると認めることができるのであろうか。

2018年12月11日 (火)

祖父江孝男編集「日本人の構造」に示されている「人間の心理社会図」(36頁)は、意識界についての克明な分析

 祖父江孝男編集「日本人の構造」に示されている「人間の心理社会図」(36頁)は、意識界についての克明な分析を示している。

 それは七段階からなっていて、一番中心の⑦無意識界⑥前意識界⑤表現されない意識界④表現可能な意識界の4つがパーソナリティとして括られている。続いて、⓷身近な社会と文化②操作的な社会と文化があり、⑤ないし②が人(JEN)として括られている。その外に、①遠隔の社会と文化0外部世界が配されている。

 このような括り方について、次のような説明がある。
 「個人の深層心理を基盤とし、社会や文化とは切り離された単独主体として成立する『パーソナリティ』と異なり、あくまで人間生活にとって不可避であり活不可欠である、情愛的対人関係や慣れ親しんだ文化の様式の次元において、人間の個別的存在形態を考える場合の基本理念が、『人』であった。それは、何事も許し合える身近な人たちとの親交と、その基底をなす伝達可能な意識界とによって構成されるパーソナルな常相空間として構造化された。」「対人的脈絡の中での”ひと”を記述する「人」が、東洋人の「間人モデル」に適合した分析概念であることは、もはや十分に明白であろう。」(36~37頁)

 更に2つのモデルの違いについてつぎのような説明がなされている。
 「『人間観』における2つのモデル、すなわち、東洋人の『間人モデル』と西洋人の『個人モデル』とが対置されるとき、自意識における『自分』と『自我』、分析概念における『人』と『パーソナリティ』もまた、互いに対照化される。こうした『人間モデル』における違いは、対人関係観にも反映されよう。」(37頁)

2018年12月10日 (月)

Ⅰ。これからのせいかつはどうなるの? 生きるってことの意味はどういうことなの? 世の移り変わりのなかで足元を見定めたい。来年2月からの例会の前哨戦を始めました。わかったつもりが一番危ない。わからないがいちばん困る。知ったかぶりが恐ろしい。私たちの若い頃、敵を前にして暮らしていたので、このような教訓が流布していました。今も同じだと思いますが、今夜も、空襲があるかと怯えて暮らす世の中ではなくなりましたので、生き残ることに不安は感じなくなっているのでしょうかね。

Ⅱ。AIのことでビジネスの紹介がありましたね。

jinjerの宣伝をテレビでやっています。北尾吉孝氏が聞き手。BS181.

カメラで顔写真とって笑顔度を採点して、勤務データとジョイントさせて、家族

情報も入れて、保険勧誘のデータにする。入社試験のデータを顔入り動画でトップ

に送る。等々。個人を24時間テレビで監視し、会社にそのデータを送るってことまで起きますね。

思い出から。 昨今の変わりように戸惑う

今日は、128日。昔はどんな日だったのでしょうか。昭和16128日、忘れもしませんよね。真珠湾攻撃。私たち、昭和世代は、この無謀な戦争で命を落とすことになりました。その前年に、紀元は2600年という宣伝がありました。その年、昭和15年に、私は小学校を6年生で卒業しました。だから少年時代は戦争に巻き込まれて、青春というものがなかったのです。今の高校生の年頃で赤紙招集を受けて現役編入となったのですから今の若い人のような生き方は、想像もできないものでした。今此処に生き残っていること自体が罪悪のように思われるほど若者が戦死しました。今朝はそれをおもいだしながら、今の日本の世相にとてもついて往けないような思いをさせられています。その一つが、高速道路での「煽り運転」です。それで両親を殺されたような娘さんが法廷で悲痛な訴えをしていました。このようなことが頻繁に起きていますから、車は、人間が運転しない自走車に早急に転換するような体制を国家の責任でやってもらいたいと思いますね。平和で人のいのちが粗末にされる時代になりました。

2018年12月 7日 (金)

「間人」モデルと「個人」モデルの違いについて

 「間人」モデルと「個人」モデルの違いについて、今少し足をとどめてみたいと思う。どうして、「間人」モデルは人々の関心を引かなかったのだろうか。わかりきっていることだったからだろうか。

 「西洋人の『個人』モデルでは、自己は『自我』として意識される。これに対し、東洋人を特徴ずける『間人』モデルでは、自らの存在を対人連関のなかで対象化するから、自他相即的な自意識をもつにいたる。そうした自己意識(厳密に言えば自他間意識)を、日本語では「自分」という言葉で表現している。」(30ページ)

 「セルフ(自我)とは、いかに他人との人間関係のなかから育ってくるものであっても、結局のところは自己の独自性、自己の実質であって、しかもそれがセルフといわれる所以は、それが恒常的に同一性と連続性を保ち続けている点にある。これに対して、日本語の『自分』」は、本来事故を超えた何者かについての、そのつどの『自分の分け前』なのであって、恒常的同一性を持った実質ないし属性ではない。(精神医学者・木村敏死の説明)」(31頁)

 「日本人の『自分』という自己意識がこうした形で生成されるのも、自他がいわば共生的存在であって、自らの存立の根拠を多分に他の人に負うている、と判断しているからであろう。『他者との一体感が先にあって、その対人感覚自体が自己の存在を確証する場合が(日本人の場合)普通ではないだろうか』と星野命も書いている。」(31頁)

 自己を表現するのに西洋人は自我を選択する。それに対して、日本人は自分と表現する。この違いが西洋の個人モデルと日本の間人モデルの根本的な思想の違いを端的に表している。そのような解釈であったと思う。自律的な西洋人と他律的な日本人との違いそのものを表象していると受け止めていいのであろうか。

祖父江孝男編「日本人の構造」から学ぶ。(そのⅠ)

 人間とは何か。いろんな角度からいろんに接近できるテーマである。幼稚園児や小学生からでも始められる話題である。それでいて一向に解決されていないのがこのテーマである。

 このほど、来年からのINOVAC の話題に取り上げようと思って、再び注目することにした。以前このブログでは、日本人の死生観と題して、INOVAC で話した内容を収録しててあるが、今回、それとはまた違った感覚で,「人間を知る」一つの方法として取り上げてみたいと思う。

 祖父江孝男(国立民族博物館教授・当時)編集の「日本人の構造」(至文堂、昭和55年発行)に当時の日本人論が掲載されている。この本は「現代のエスプリ別冊」として発行された。 古い本ではあるが、当時の日本人観を知る著作として、再読することにした。昭和55年は西暦では1980年である。このころに日本の高度経済成長が芽を出し始めたと記憶している。

 「この本は国立民族学博物館における共同研究班のなかのひとつ『心理人類学の理論的研究』チームが昭和53年(1978)度に行った研究会の発表をまとめたものである。」(5頁)

 ①「日本人の人間観・対人関係観」浜口恵俊
   浜口氏の論文の中で手案されているユニークな用語は「間人(かんじん)主義」という言葉である。つまり西洋における個人主義的な人間観に対して、日本人(そしてさらに東アジア)の人間観の特色を描写すれば、まさにこのような表現によってあらわされることになる。すなわち、『人と人との和・』というものを非常に重んずるのが日本における人間関係の特色なのである。それを言い換えれば、対人関係そのものを非常に重視するという価値観であり、相互依存主義、相互信頼主義、対人関係の本質観等々といった点をその基本としているのである。(12頁)

  浜口氏の提唱された「間人主義」という言葉は、非常に面白いと思ったのであるが、その後、現在に至るまで、ジャーナリストによって頻繁に取り上げられることばとはなっていない。それどこらか、彼が、西洋人の特色として挙げている「個人主義」が、現在、日本人に広く浸透してきている。そして、「和」に変わって「争い」が、人間関係の中心をなすような世の中になっている。

 ②「狂気と文化」榎本 稔
   対人関係一般でみると、 西洋では自分以外の人々を信頼しないので、緊張した態度で相手を見つめて接する。したがって対人恐怖は少ない。 ところが、日本人の場合には、我をなくして周囲の人々と一体感を保とうとするため、謙譲の美徳と人間関係の和とが重んじられる。他者への配慮を重んじるので、相手へ強い視線をむけることをせず、このため日本人の神経症には、対人恐怖、特に赤面恐怖と視線恐怖などの症状が多いのである。

  なるほどと思うこともあるが、今の日本人はもっと強くなっているというか、日本人らしさを失っている人が多くなっているように思う。人前で男女が平気で接吻するなどの光景は,昭和20年代頃までは、見なかったように思う。だが現在は、平気で人前で接吻している光景によく出会わすようになった。

2018年12月 5日 (水)

過去に学ぶことから始めよう

 この歳(91)になって、「人間どう生きるか」を考えてみたくなった。それを人に話せば、きっと、「いつまで生きているつもりか」と冷笑されるかもしれない。それでも長生きしたいという気持ちがあれば、どうすれば長生きできるかが心配になる。そうではないだろうか。

 そこで、まず、健康法に耳を傾けたりしようとするのだが、それには、歳をとりすぎているので、あなたは対象にならないと言われているようなこともある。長寿健康法の商いは60歳から80歳台の人を対象にしているようである。でも最近は90歳以上の人も多くなったのだから、案外、私も健康法のセールスの対象になってくるかもしれないとも思う。

 高齢者が自分自身について語る本もたくさん出版されるようになった。長寿は高齢者から学ぶという企画なのだろうと思うが、個人的な体験談や意見はその人に固有なものであるから、どこまで参考になるかはわからない。

 でも、何かしらそういうものに興味が湧くのも事実であって、それから知識や知恵を授かろうとするのも人情であろう。他人ではあるがその人の体験談が参考になると思う人もいるだろうし、覗き趣味で読む人もいるだろう。

 いずれにしてもこのような体験学習は帰納的なアプローチの一つであって、過去に学ぶものである。過去がなお生きているような社会では有効であろう。

2018年12月 4日 (火)

神秘な智慧と確実な知識から生まれる美しい科学に期待する

 信仰と論理実証主義とは全く違った働きをすると思う。何事も理詰めで実際に発生したことを実際に実証できないと「信じない」というのは論理実証主義の特徴で、科学的認識の世界では不可欠な態度だと思う。知りえないものは信じない、知りえないものとはその存在が立証できないものという事ではないだろうか。エヴィデンスがないという言葉によって象徴される心の働きである。「証拠、証拠、というではないか」という言葉がある。

 知識を詰め込むというのはこの道を歩いていることを示している。それが科学すると言われるものであろう。この知識教育に善悪の判断はない。善悪は道徳的な規準に照らして判断されるものであるから、真偽とはかかわりなく成立するもので、誤っているけれども善として受け入れられるという事があるだろう。「嘘も方便」という言葉があるように、真実ではないことであっても、それによって人が救われるというような場合には、善(行()として認められる。

 物事の真実を追求するのではなくて、人を救うためには、方便力を使うことで大いに助かることがあるし、役立つことでもある。宗教にはそのような働きが求められるというか、それ自体のパワーとして期待されているものがあるのではないか。信じることによってのみその働きは作用する。心の世界の奥を覗くような雰囲気が生まれるような時があるのではないか。そこから生まれてくる不思議なパワーが、佐伯氏の言われる「ダークエネルギー」ではないだろうか。あるいは、村上氏の言われる「サムシング・グレート」の働きではないだろうか。

 これらは科学知識を超えたものではないだろうか。知識化できないものであるが現実に作用するものであるという事から、知識以上のもの、あるいはそれ以前のものという性格があるのではないか。それを信じることが、人間の智慧の働きではないだろうか。

 人間的魅力を感じる人には人を温かく受け入れる心の働きがあって、それを生み出しているのが不可思議な智慧ではないだろうか。その智慧に支えられて、道徳的にも、人倫的にも美しいと思われる科学が生まれるのではないか。

2018年12月 2日 (日)

宗教的叡智と科学的認識の相互補完性

INOVAC123日の要領「宗教的叡智と科学的認識の相互補完性」     吉田 寛

Ⅰ 柳澤桂子氏はその著「生きて死ぬ智慧」(小学館、2004)で、般若心経の科学的解釈を提示している。人間を原子の世界でとらえた姿が般若心経であることが示されている。

「私たちは、広大な宇宙のなかに存在しています。宇宙では形という固定したものはありません。実体が無いのです。」「宇宙は粒子に満ちています。粒子は自由に動き回って形を変えてお互いの関係の安定したところで静止します」と解読されている。

 これと非常に似た雰囲気のある「生命」についての説明が、「宇宙生物学からAlife(人工生命)まで、『生命の起源』を探る実践」(TEXT BY SEKAI KOZUMA)に見られた。

そこでは、「一般的に言われる『生命』の定義(ダーウイン的進化が可能な自己複製系)にも疑問符をつけ、より普遍的な一つ手前の段階(非平衡状態にある構造をもった開放系)を生命の定義として採用する。」(註:非

平衡状態・・・エネルギーの固定さや物質の濃度差などによって流れのある状態.開放系・・・境界を超えた外部とエネルギーと物質の交換がるシステムのこと)とある。

「そして、非平衡状態にある構造をもった開放系を、『生命』の定義ととらえると、どうなるだろうか、様々な分子が飛び交う分子のプールの中である種の勾配が生じ、この従来のセントラルドグマとは異なる方法による、分子の選択淘汰と進化が行われる可能性があるのだ。」「逆に言えば、現在の生命の定義は、『非平衡状態にある構造をもった開放系』のなかの一つの『ダーウイン的進化が可能な自己複製系』として定義されており、それ以外の自己複製系の誕生の条件を生命として見ることができず、見逃してしまう可能性がある。」という。

「藤島は『地球型生命の遺伝子は、無限の塩基配列の可能性からしてみれば、ほとんど多様性はないと語る。

なぜなら、遺伝情報はDNAから(転写)RNAから(翻訳)タンパク質の順に伝達される。これは、分子生物学上の基本原則『セントラルドグマ』と呼ばれるものであり、そのプロセスに利用される有機分子は驚くことに38億年前からほぼ普遍的である。」

 

実は、このような生命の研究状況の中で、柳澤桂子氏の宇宙観即人間観をどのような場所に位置づけることができるのであろうかと、そのことに、私は興味を持っている。

 

Ⅱ この柳様氏の般若心経の科学的解釈はなぜ生まれたのだろうか。生命科学者としての立場から生まれたというだけであろうか。こういう解釈は宗教的宇宙観を示す「曼荼羅」で表現された宇宙の真理を解読する方法としては極めて斬新であると思う。宗教は人間が正しく生きるための智慧を人間に授ける役割を担っているとすれば、科学は誤りなく生きるための知識を開発し伝達する役割を担っていると思われる。だから宗教と科学は同じ次元で論争の対象となるものではないと思う。 

2018年11月29日 (木)

階級社会 vs マネーと科学技術

 これまでの人生は、生きるために働いた。自分では一生懸命に生きているのであるが、その根本には、働かねば生きられないという現実があって、職業を選択すると、その職場の規則、規律、人間関係、様々な軋轢、競争などに制約されたり、巻き込まれたりで、職場本願のようなところがあって、自立して自分で判断して物事を決める余裕は全くというほどにない。その自由は階級ランキングのどこに自分が置かれているかによって大きく左右された。

 軍隊というところはまったく理不尽にできていて、兵隊は人間でないような扱いが当然であった。これは明治に国民皆兵性を導入した時の、武士階級と農・商・町人の間の身分差別を引き継いだものの様であった。雑兵扱いされたのが当時のこれらの庶民であったのだ。万民平等などという歌い文句で国民をだましてきた。国民はそれに従うしかない一方通行の社会であった。

 現在は、官僚(霞が関)と民僚(経団連)がせめぎ合ってるが、その上のよりどころがない。昔は天皇制だったから国民のよりどころがあった。位階勲等が光っていたのである。貴族院というのもあった。華族という特殊階級もあった。敗戦後は、これらはなくなった。公・候・伯・ 子・男の爵位を持った連中が貴族であった。男爵はあきんどの成り上がりが大勢であった。

 今は、そういう階級差別はない。アメリカ型の社会制度に変わった。民主国家といえばまさにその通りである。天皇も象徴に変わっていて君臨されてはいない。今、この社会に君臨しているのは、マネーと科学技術である。

 この社会では、昔の身分差別のような固定的なパワーははたらかない。マネーと科学技術を手にいれたものが社会的に優位な立場を獲得する。職場の身分差別も階級差別も、それに閉じ込められて生きるしか能力のない人間には桎梏であるが、マネーと科学技術を手に入れた人間はそうしたものに拘束されない。職業選択の自由を行使して、思うままの社会を創造することができる。そういう社会にこの国も変わりつつある。    

«質素倹約で地球環境を守ることを戦時の体験から学ぶ