2019年2月21日 (木)

朦朧に身を任せながらの眠気のなかで生きている。

毎日、生きていることを確認するように生きている。あ俺だけの暇ができているのであろう。仕事に忙しいとそのような余裕はない。仕事を離れたから自分に浮かんでくることに身を託すような生き方になっている。

 毎日の須吾相方は自分で考えるというよりも、誰かに導かれていおるようなふしがある。ふと気づかされてやってのけることがある。自分が温めていた思いではない。全く突然に突き上げて来るといううような思いである。

 このようになると、自分などというものにこだわることは無意味だという思いが湧く。自分がリードされて居る。それに砂をに従った行動をとる。いつものことである。この何者かを、なぬいものであるかと想像したりすることも無意味であるという思いがする。それは自分が思っていることではなくて、どうやら思わせられていると言ったほうが確かなような思いである。

 こうした形で二人同居を生きていくことが自然な生き方のようである。同行二人の旅という話があるが、いつも突然にやって来る何者かは畏れ多い存在のようであるし、安らぎを与える庇護者のようでもある。

 こうして書き込んでいる間に、もうろうとしてくる。眠気が襲ってきている。それに身を任せようと思う。いつものことである。朦朧人生を生きるとはこのことであろう。気力も身体の動きもあなた任せである。生きているというよりも生かされているという思いがこの時に実際に心で確認される。

2019年2月20日 (水)

映画「12人の死にたい子供たち」と「七つの会議」に重なっているこの国の憂鬱な現状は嘆かわしい。

 私は「生と死」をテーマに連続してブログに書き込んだり思案したりして「いのち」とは何かという究極の課題に時間を割いてきている。それなのにこの映画「12人の死にたい子供達」を進んでみるような気持にはおさわれていなかった。今朝は、時間の都合がよかったのでこの映画を鑑賞することにしたが、1055分開始、予告10分ぐらいの放映のあとはじまったのに、目を開けたのは1231分であった。それまでは音響や言葉に聞き入っていたようである。眼を開けてから、これが私の日頃のテーマにかかわりのあるらしいことを知った。誰かが、また、私をこのに運んできたのであろうと、いつもながらの出来事を経験した思いであった。それからは真剣にめおみはって見た。耳もそばだてた。だが、返ってきたのは、死の観念の遊戯を若者にさせちえるという感じだった。高校生か大学の学生らしい年頃の男女に、自分たちの過去の生活体験からまたその傷跡から、死をえっらびたいという気持ちに取りつかれてゆく過程を個々の若者によって描写し、議論させ、行動をためらわせているうちに、結局は12名全員の死の合意が得られなかったので死の計画をやめつというストーリーになっていた。この映画の単行本も売られているので、くわしくはそれで確認できるのでるが、それまでの苦労をするのはやめにした。

12人は尊厳死の選択ということで集まったらしいが、「青い」という感じを誘う展開であったように思う。尊厳死を超えて安楽死が今現実の深刻な課題になっている。老人である私がその見地から見るとこの映画は「死の感覚遊戯」としか思えないようであった。

 今日は,久しぶりに大人の映画を見た。映画「七つの会議」がその思いに誘ってくれた。観客は中高年層で若者はいなかった。この観客には、勝手の自分たちの職場を思い出させるようなものであったかもしれない。この映画では、今現在も続いているわが国のメーカーの愚かしい行為が話題の中心となっていて、それを巡る会社員、サラリーマンたちの極悪非道とそれに背中合わせになった悲惨な人生が絡み合っていた。この国の製造業の未来を悲観させるような出来事を背景にしてこの映画は描かれている。そのような企業環境では哀れな人間模様を再現しているようなものであった。

 このような大人の苦しみとは全く異なる次元で若者たちが安楽死の選択という今日的なテーマに巻き込まれているこを映像化していた先の「12人の死にたい子供たち」と、この「七つの会議」とが重なって、この国の最近の暗さを構造的な停滞のように伝えている。こんなにうっとうしいのがこの国の今の現状であることを映画によっても知らしめられた思いで背筋が寒くなった。「七つの会議」は最初から終りまで目を凝らし耳をそばだてるように見ていた。今日は疲れていなかったのであろう。私が映画を観るのは、介護の疲れからか自分を解放し健康を修復するためである。大変、不心得な人間であるが、それなりの文化人気取りでもある。

 

般若心経の科学的解釈と宗教的信仰の出会い

この世にある現身の人間は、宇宙にある法身の化身であると理解すれば、柳澤桂子氏が心訳で説いた人間の粒子説も理解できるのではなかろうか。「空」の世界である宇宙に「無」の存在である浮動する粒子がある。それらが因子相互の都合の良い関係で結ばれて束の間の存在になるという心訳の解説によって、我々は般若心経の教えを科学的解釈によって理解することになる。柳澤桂子氏は、自らのキャリアにかけて、それを解説された。だが、こうした科学による般若心経の解釈がどこまで一般の人々に素直に受け入れられるのであろうか。わざわざ、このように科学的知識によって般若心経をトレイスすることが心経の理解にどのように役立つのであろうか。宗教のヴェールを剥いだという功績尾が認められるのであろうか。信仰にとってその必要はあるのだろうか。科学の及ばない世界が宗教には残されているのではないだろうか。そのような疑問を持ちながら、般若心経を読経するとそれには一種独特の完成の世界が広がるように感じとれるのではないか。これを宗教的体験として受け入れることになるのではないか。

 修験者が修業によって体得される真理の世界に科学的解釈を付してどのような功績が生まれるのであろうかと思いながら、酒井雄哉氏の達成された千日回峰のことを思い浮かべると、この科学的探究と宗教的体得の間に立ちはだかる本質的な差異に解明の困難な何者かがあるように思われてならない。その何者かに向かってこれから歩みを続けることになるのであろう。それは余計なことであるかもしれない。何事も知らない人間の愚かな問いかけであるかもしれない。そこで、阿闍梨さんに案内してもらうのがいいのではないかと思うことである。酒井阿闍梨の到達された「心境」に教えを乞うという方便を思いつくのも一つの道ではないであろうか。今回のINOVAC ではそれを試みた。それが酒井雄哉氏の「この世に命を授かりもうして」とインタービューの記事を読むことにした一つの理由である。同氏には「一日一生」という書き物もある。それを詠むことで、宗教的知見の神髄に触れるこたができれば幸いである。

2019年2月19日 (火)

篠田桃紅「103歳になってわかったこと」を読む(2)

独立自尊の生き方を綴る

1.「何歳からでも始められる」、これもモノによりけりであることは解かりきっている。体や心が柔軟な幼少の頃から始めないとモノにならないものもある。歌舞伎のような芸能、オリンピックで覇を競う競技などは34歳のころから始めているのが実際であろう。

2.「老いたら老いたで、何ができるかを考える」(58頁)、もっとも、添え書きにあるように、「長生きするほどに、この世の中と隔たるけれど」は、浦島太郎の心境でしょう。

3.「頼らずに、自分の目で見る」(59頁)は、当然ですが、人に頼ろうとするのも老人の癖かもしれない。尤もそれでは何も独自なものは生まれない。

4.「自分の目で見れば、新しい発見、新しい喜びがある」(60頁)、全くその通りですね。これが老人の楽しみでもありますね。そのためには、「いつでも面白がる」(63頁)、「何かに夢中になる」(67頁)、「夢中になれるものが見つかれば、人は生きていて救われる」(70頁)、そのためには、何事につけても問題意識を常に持っていることです。それも人を非難したり批判したりするのではなくて、新しいものを発見したり発明したりする好奇心が必要ですね。

5「誰もやらない時にやったことが大事」(76頁)。学術にしても芸術にしても同じですね。惣藏や発見、発明に繋がりますからね。独創的な人の仕事に感心したり感嘆するのを躊躇する人がいますね。そういう人は、「先例研究を調べられましたか?」と、先例の有無を糾します。身の前の独創に素直でないのです。そういう人に限って何もできない人が多いです、若者の出鼻をくじくことで自分を偉い人だと見せかけるのです。この国ではこのようにして人材を腐らせている人が派閥のような集団をなしてその学界や業界を閉鎖してきましたs。今でもそうであっては、若者の海外逃避を促進します。彼らは「日本村」にとどまっていることに嫌気が射していますし、自分の緩効性に挑戦したいと思っていますから。お若い頃の、篠田桃紅氏もそうではなかったのでしょうか。

6「真実は伝えられない」(84頁)。この言葉を乗せた2頁の文章は、額に入れて壁にかけておきたいくらい感銘した。この通りであると日頃のもどかしさを思い出している。「真実は皮膜の間にある」これは近松門左衛門の有名な言葉だと紹介されている。「真実は想像の中にある」(85)は言いえて妙である。

7「真実は見えたり聞こえたりするものではなく、感じる心にある」(86)。「察することで、真実に近づける」と添え書きされている。神・佛もそのようなものであると思う。神仏は、見えたり、聞こえたりする自然の風物になかに宿っているの信じられている。亡者の魂は草葉の陰にあると言い習わされてい。これも感じるしかない。

8「知識に加えて、感覚も磨けば、物事の真価に近づく」(117)。「虫が知らせる、虫が好かない、を大切にする」と添え書きされている。日本人らしい感覚だと思う。虫の音に心を奪われるときもある。

9「人との競争で生き抜くのではなく、人を愛するから生きる」(131)。「地球上から戦争と飢餓がなくなることを願う」と添え害されている。ほんとうにそうあってほしいと願う人が沢山いるだろう。だのに、人間はその逆を生きている。競争にうつつを抜かし人を死に追いやってでも自分幸福でありたいと願っている。核兵器競争がますます熾烈化しているのはどうしてだろうか。このままでは人類は確実に自滅する

10「運命の前では、いかなる人も無力。抱かr、いつも謙虚でいる」(151)、「生かしていただいている」(152)。戦時中の疎開生活の話は、同時代の体験者である私にも身近なこととしてよみがえってきます。「私がこうして長生きしていられるのは、時宜に適って、救ってくれた人に巡り合えたからです」(54)は、この人のいのちは、自信のある生き方と人の支えの合作であることを物語っています。

11、この書では、父母に対する感謝の言葉が綴られている。「全人類が価値を認めて愛するもの」(160)はこの人にとって「母」であった。「未来永劫、全人類にとってありがたい母という存在」(160)という言葉が記されている。でも、この方は生涯、独身をつら抜いて芸術の道に生きられたのである。

12、最後に、「唯我独尊に生きる」(167)と、きびしい言葉でこの書は締めくくられている。

 

 

2019年2月17日 (日)

頑張って生きている

 今朝は955分に目覚める。真夜中はおよそ1時間おきぐらいに起こされる。家内の咳と呼吸発作とトイレが襲ってくる。これの対応に忙しい。こちらは疲れてぐったりするが、まるで日常のように過ぎている。夜昼の時間感覚もくるっているから何が何だかわからない。ベッドから床に落ちるともう万事休すであった。重い体を持ち上げることができない。無理をするとこちらの体が危ない。腰を痛めてしまうと万事休すである。一昨日の金曜日の真夜中にその危険が発生した。家内の体を動かそうと思っても重い石のように固くなっていて動かない。無理に起こすのはこちらの体が危険だからやめて、レスキューを電話で頼む。このような時のために、24時間の対応・連絡体制に契約したばかりである。まるでこの日のためのようであった。心不全と呼吸困難が一番心配な出来事である。それにアルツハイマーさんが重なっているのだから厄介である。

 このような日々を夫婦二人で過ごしていると、夜に備えての昼間の過ごし方が大切になるので、それなりの工夫をする。それができるのは92歳で無職だからである。職業についている年齢の人は駄目だある。仕事中心に日々のスケジュールが決まっている。そういう人が無理をすると、「介護退職」という厳しい現実に遭遇することになる。だから、こちらも高齢であるとその心配はない。老後の友暮らしの光景はこのように変わっている。昔は老夫婦にも子供世代、孫世代との三世代同居という暮らし方があったので、お互いに助け合って生きてゆけたのである。もう、それは期待できない世の中になっている。少子化で、このような家族構成は消えてしまったから、老後は介護付きの施設に入居する人が増えている。私の学校友達である医者も、働き盛りに建設した豪邸を息子の医者夫婦に預けて、三食付きの介護マンションに移住している。それは便利な市内の真ん中で坂道もなければ交通の不便もないという好立地にある。老いは足腰からくるからこの立地が最高である。風光明媚で閑静で自然を楽しめる立地は坂道などもあって日々の暮らしが容易くない。山間地の豪邸が空き家になっているのはこうした事情からであることが多いようである。

 さて、こうした老人のこれからの暮らしを支える年金の行方が心配になっている。少子化で年金を支える世代がしぼんできている。このまましぼみ続けると年金制度の意地がむつかしくなるという危惧が深刻な政治の課題ともなっちえる。私たちの90歳代世代は子供たちが60歳世代に入ろうとしている。つまり子供の還暦を親が祝う時代に移ってきている。この世代は自らが12、名の小家族で育っているから小家族が身に着いているし、結婚後は自分たちだけの世帯で暮らし親と同居はめったにないようである。だからバラバラ華族があ定前に身に着いているようである。そこからは親を扶養する義務なんて発想は生まれても来ないようなメンタリティであると理解したほうがいい。こうして社会と個人が対面する社会に変化している。家族というバッファーが亡くなたのである。家族主義と言われた戦前には「戸主」が家族の行状に社会的責任を持たされていた。一方で戸主が「当主」として家族を取りまとめていたのである。

 

 

2019年2月16日 (土)

篠田桃紅「103歳になってわかったこと」を読む

 篠田桃紅「103歳になってわかったこと」、この本を92歳(暦年)の私はこう読みましたというお話から書き始めましょうか。大正2年のお生まれで、私よりも13歳ぐらい年上の方ですから大正時代に幼少期を過ごされた。それでかもしれないが自由にものことを考えて育たれたという印象がお書きになったモノやインタビューの記事から伝わってきますね。「大正デモクラシー」が自然のようにみについていらっしゃるのではと思いました。その中でこそ、このような自由闊達でオープンな気性が形成されたのでしょう。書道家のご家庭で日本風の気難しさが漂っていたのではとも想像するのですが、時代が快方的であったことが影響しているのではないでしょうか。私は昭和2年生まれですから昭和6年の満州事変以後の軍国主義の時代で幼少期を過ごしていますから、このようにはおおらかにも力強くもなれなかった記憶が「軍国少年」として残っています。時代というのは恐ろしいものだと思います。本書の中から所々の記事を拾って私なりの解釈をつけてみました。独断と偏見とはこのことだとご了解ください。

 

1「私には死生観がありません」(10頁)で始まりますが、死生観をなくして生きて居られることは幸福だと思いましたね。戦時中は死ぬことを国家に押し付けられていましたから、死とはなにかを自分に納得させる必要がありました。

2「生まれて死ぬことは考えても始まらない」(12頁)と言えるのは、死に追いやられないで生きて来れたからだろうと思います。忠君愛国の死を誇りと心得た戦時には自分を納得させる死の理由が必要だった。それを裏書きしたのが「英霊」という言葉だったのではないでしょうか。天皇の赤子として国家に身をささげた忠誠心を称えるために国家から英霊と讃えられて靖国神社に神として祀られています。A級戦犯者が合祀されて以来、天皇は靖国に参拝されていない。

3「自らに由れば、人生は最後まで自分のものにできる」(16頁)、これは自信があるからです。独立自尊の人格を構築できるにはそれなりの環境が必要です。その環境を掘り起こすのもまた当人の努力に寄ることでしょうが不可能な時もあります。

4「意に染まないことはしない。無理もしない」と添え書きされていますが、勤め人はそのようには参らないものです。これができる人はごくまれだと思います。篠田さんは次のようにいってらっしゃいます。

「私は生涯、独り身で家庭を持ちませんでした。どこの美術家団体にも所属しませんでしたので、比較的、自由に仕事をしてきましたが、歳をとるにつれ、自由の範囲は無限に広がったように思います。自由というのは、どういうものかと考えると、 

 今の私かもしれません。何かへの責任や義理はなく、ただ気楽に生きている。そんな感じがします。」(14頁)。103歳の感想ですね。許されて天に遊ぶという心境かもしれませんね。歳が人をつくるということでしょうかね。

5「自らの足で立っている人は、過度な依存はしない」(19頁)、「そもそも介入しない、期待もしない、負担にもならない。」と添え書きもされています。ご自分が毅然とした生き方をなっ去っているお姿が目に映るようです。それができるから幸せ  

 です。多く老人はそれができない。介護のお世話になってもいる。篠田さんは健康のありがたさを示してくださっています。お手本になればいいのですが。各人各様ですから何とも言えないですね。

6「自分という存在は、どこまでも天地にただ一人」(22頁)。すごい発想です。「歳をとるということは、創造して生きてゆくこと」(21頁)、そうでないと生きておれないからですね。無為はそれほどに寂しい。。生命とはそういうものなのですね。

(続く)

2019年2月15日 (金)

柳澤桂子「いのちの日記」に学ぶ

 柳澤桂子さんの「いのちの日記」を山本さんに貸していただく。以前購入しようと思って書店に電話したが入手できないという返事が返ってきたのであきらめていた。この日記を読むと、柳澤さんがなぜ、般若心経を科学で説こうとされたかの理由と心を知ることができた。お釈迦さまも当時の科学の知識をもとに般若心経を書かれたのであろうという文章があった。ペルシャからインドに当時の最新の科学知識が伝わっていたので、お釈迦様もそれを身に着けていらっしゃったであろうという推測が前提になっている。つまり、柳澤様ご自身の般若心経の科学解釈はその流れでは至極自然であるという趣旨が書き留められていた。どうしてこれまで、このような話が、宗教家のなかから伝わってこなかったのだろうかと思った次第である。

 般若心経では、生命は宇宙に存在する粒子とその動きの一部であって実体のない流動状態の存在であると説明されている。すべてのものは因縁によって出現し一定の関係を保持するが何時でもその関係が崩れてそのものは存在しなくなるということである。だから宇宙は特定の実態が存在しない空(クウ)であると説かれている。人間であるわれわれもその粒子の一つであって他の粒子と異なるものではないと言われている。宇宙はこのような素粒子で満ちていてそれが原子、分子というようにより大きなものになって、物質が形成されるということである。物質である人間をその粒子の次元でとらえたのが般若心経の説話ということになる。その状態では一切が「空」であると言われている。生物の生成の原点では何がどのようになっているかを説明されたのが般若心経ということになっているので、それを知ることは科学的認識の対象となってもなんら不思議ではないというのが柳澤説である。このことが、「いのちの日記」に記されている。

 そのような解説に同氏が到達されたプロセスが「理性の智慧の恵みによる悟り」であると「心経」にも記されていたが、その趣旨もそこに到達された筋道もこの「いのちの日記」によって明らかにされている。この「日記」を読ませていただいて、そうだっだのかと、すっきりした気分になった。生命科学者である同氏が深く宗教を理解される道程のなかから般若心経の科学解釈が生まれたことをこの日記が明らかにされている。つまり、般若心経(釈迦の心)を同氏が自分の心によって捕捉されたのがこの心訳である。そのためにたどられたのが科学による解明という道程であった。科学を知識として駆使されたのではなくて、科学を心の案内として理性の助けによって知恵を授かる中で宇宙の真実を悟られたのが「心訳」であるということになる。これから先は、更なる科学の進歩に待つしかないようである。

 

2019年2月14日 (木)

柳澤桂子「般若心経」心訳と例えばなし

 柳澤桂子氏の「般若心経心訳」は、お釈迦さんの表した「心経」の「心訳」と心が符合している。この心訳の中心にある概念は「空」である。この「クウ」ガわからないからすべてがわからない。それが凡人の情けなさである。でも、知っている風をするのはさらに情けない。知らぬものは知らぬでいい。それで、さしずめ自分なりにわかりやすいように考えたのが、「空」を自然の大空に例えることである。雲一つない大空は空っぽといううにふさわしい。そこで心経に言うう「空」を大空だと見立てる。また、心訳で「形のあるものは形がなく、形のないものは形があるのです」(心訳、3ページ)と訳されている心経の「色不異空 空不異色」は、たとえて言えば、空の雲のようなものであると思えばその意味がわかるような気がする。雲には形があって定まった形がない。雲はいつの間にか表れていつの間にか消える。雲は水蒸気の塊で水蒸気は何時でも霧散する。このような水蒸気が大空に充満している。これが時には雨となって地上に降り注ぐ。それは水となって海に流れ込み大海をつくる。空の水は気体で海の水は液体と形が変わっている。このような現象は心訳の次の言葉に合致するだろう。すなわち、「宇宙では形という固定したものはありません。実体がないのです。宇宙は粒子に満ちています。粒子は自由に動き回って形を変えて、おたがいにお関係の安定したところで静止します」(心訳、6頁)と言われていることが、空の雲、雨、海の水という循環減少によって確認されます。このようにたとえてみれば、具体的な現象によって、心訳に書かれていることが、日常の事実として確認されます。抽象的な言葉だけでは言われていることの意味が理解しがたいので、「そら」で起きていることを「くう』に当てはめてみました。そうすれば、次のようなむつかしい言葉で表現されていることも自明のように理解されるでしょう。

 「形のあるもの、言い換えれば物質的存在を、私たちは現象としてとらえているのですが、現象というものは、時々刻々変化するものであって、変化しない実体というものはありません。実体がないからこそ、形をつくれるのです。実体がなくて変化するからこそ、物質であることができるのです」(心訳、7頁)。

 大空の雲の流れを目で追っていて見たまま、感じたままの姿がこの文章に合致していると思いました。この「心訳」が「心経」の「色即是空、空即是色」に相当すると「心訳」に脚注されています。このようにたとえばということで説明できるものばかりではなく理解するのに四苦八苦するものもあります。今回の場合、それに該当するのは、心経の「無耳鼻舌身意」したがって、「無色声香味触法」(心訳、14頁)と流れるくだりです。この器官とその働きは、生身の現実の人間であるわれわれには備わっているし経験している現象なのです。これを{無}というのはそのままでは理解できない。現実の経験が「無」を排除するからです。そこで、この「無」を受け入れるためには、言われるところの粒子状態の自分を想定することで切り抜けることにすればいいのではないかと思い付いたのです。これが昨日のINOVAC 談話会での説明でした。それはれ霊魂の状態での自分を対象とすることでした。霊魂として存在する粒子である自分を想定すれば、「無耳鼻舌身意」したがって、「無色声香味触法」が妥当する。そうした器官のない存在状態ですから「無」は当然であると考えました。その状態(存在のレベル)では、「実体がないのですから,「空」には物資的存在も、感覚も、感じた概念を構成する働きも、意志も、知識も、ありません。眼の領域おから意識の領域に至るまですべてないのです」(心訳、15頁)ということが納得できるのです。この理解を生身の現実の自分にまで拡張してくると自己矛盾のような感覚に襲われることになります。ということで、私がここに示したような位相の転換(現実の生身の人間のレベルから出生以前の霊魂(粒子)のレベルまでさかのぼること)を持ち込め婆理解できるのではないかと考えました。

2019年2月12日 (火)

ネットワーク社会と個人の対面環境

中間がなくなるか。この頃、大変な勢いで社会が変わっている。アメリカでは社会の分断が鮮明になっている。この国ではどうであろうか。中間層がなくなろうとしているように見える。これを格差社会への分裂と言ってもいいだろうが、それは経済だけの問題ではなくて、心の持ち様や考え方での分裂でもある。

 端的には、パーソナル化とグループ化が新しい階級格差の象徴のように浮き上がってきていることである。個人として此の世の生活を謳歌できるか、グループのなかに埋没するかの違いが明らかに浮かび上がってきている。

 科学技術の急速な進歩を個人で享受できる能力があるのか、集団で便乗するのかの違いが鮮明になっている。人工知能を選択するのか、人工知能に選択されるのか。前者であれば人工知能は自分の道具でありうるのだが、後者であれが仕事を奪われる。

 この傾向に拍車をかけているのがコンピュータによるネットワーク社会の進行である。世界が一つになる。個人のみならず、地方自治体も、国家の機関もその流れの中に巻き込まれている。ビッグデータを構築する方向に個人情報を収集するシステムを稼働させる動きが、個人の健康管理データの収集において促進されようとしている。これが医療革命の一環であるかのように行政によって進行されている。

 AIとIOTのドッキングによって生まれるこれからの情報化社会はこれまでの社会とは全く違った性質と機能を備えたものになるであろう。それは明らかにプライバシーを剥奪する方向に向かっている。

 

 

2019年2月11日 (月)

生命体としての神・佛の探索

 

神・佛は存在しない。それは人間のつくったイメージに過ぎないという説もある。仏像などはまさに誰かが想像したイメージを造形したものと言われてみればそのようである。それを対象にして進行するのはフイクションであるという説も存在している。神は造形化されていない場合が大方のケースである。神の姿を見た者はいない。新宮や神社でも遷宮の時は、神の姿が見えないように移動中はその周囲を布でかこっているのをテレビでも放映している。造形化された佛にはイメージが生まれるが、神にはそれすら不可能にされている。このように高貴な神ではなくて八百万の神は自然界のいろいろなものに宿っていると言われる。だがその姿は想像もできない。人は神の祟りを恐れ、佛の慈悲にすがるというのがその信仰の生態である。

 こうしたいわば超越者としての神・佛を未発見の宇宙の生物であると見立ててはいかがであろうか。それならば、現在では、科学的探索の対象として探検し発見する興味の対象となるであろう。宇宙に存在する生命体として神仏を認識の対象とするという科学的アプロ―チがあってもおかしくない。今は宇宙人を発見することが真剣に検討されている時代である。生命体としての神仏に迫るという発想と行動があっても不思議ではないであろう。そういう努力をしないで、神・佛が存在するとか、存在しないとかいうのはあきらかな手抜きである。

 今ここに述べたことは極論であって、科学万能主義への挑戦と言ってもいいが、そうでもなくて真剣に考えられている可能性もなくはないというのが今日の生命科学の現状ではないか。生命体を人間が創造する努力が生物の合成や人工生物の創生などの分野で実行されている。ゲノム編集による新生児の誕生などはその典型であろう。今や科学者が生命を操作する時代になっている。体外受精によって代理母などの母体をも必要としない人間の誕生が科学的に可能となっているのである。人間を神・佛にすることだって、観念的には古くからおこなわれている。菅原道真を祀る天満宮はよく知られている。乃木や東郷などの軍神がある。この国では、神は優れた者の別名詞なのであろう。怨念による祟りを恐れて神とされたものと、生前の功績をたたえて神とされたものとは、神である面目は正反対である。天照大御神や大国主命などの神話の神は、伊勢神宮や出雲大社のように国家のシンボルとなっている神である。地方にはその地の神が祀られている。汎神論と言われるこの国では神々は人間と同居している身近な存在である。その存在を人々はどのようにして確認しているのであろうか。多分それは、「雰囲気」なのであろう。伊勢神宮ではそれを詠んだ歌人もいた。個人的に感じる雰囲気のほかにも、神社の祭礼では山鉾や山車が街に繰り出して集団的に雰囲気を醸し出している。寺院ではこれに変わるものは梵鐘であろう。周囲に響く鐘の音が荘厳な雰囲気を醸し出す風景に出遭って心が和意だものである。

 仏教では成仏信仰がある。死者が仏になる。この信仰こそ仏教に求められている最高の願いであろう。死後、神になるのは「選ばれた人」であるが、佛になるのは「すべての人」である。これこそ佛の慈悲である。神のルーツと佛のルーツは違っている。神は支配者であり佛は救い主である。両者の伝統的な理解からそういう結論が生まれる。神は父、佛は母といった理解が成り立つようである。そのようなイメージを持って、神と仏のルーツを探るとどのような発見があるだろうか。神と佛の役割分担がこのように違っているのはいかにもこの国の人の「和」の発想に根づいているように思われる。それが神仏習合の思想に表われている。

 仏教では成仏信仰がある。死者が仏になる。この信仰こそ仏教に求められている最高の願いであろう。死後、神になるのは「選ばれた人」であるが、佛になるのは「すべての人」である。これこそ佛の慈悲である。神のルーツと佛のルーツは違っている。神は支配者であり佛は救い主である。両者の伝統的な理解からそういう結論が生まれる。神は父、佛は母といった理解が成り立つようである。そのようなイメージを持って、神と仏のルーツを探るとどのような発見があるだろうか。神と佛の役割分担がこのように違っているのはいかにもこの国の人の「和」の発想に根づいているように思われる。それが神仏習合の思想に表われている。神と佛は一体になって我々人間を守ってくれているというのである。それでは神も仏もどこにいらっしゃるというのか。その質問の答えになりそうな言葉が、柳澤桂子氏の般若心経の心訳のなかにあった。すなわち、

「深い理性の智慧のおかげで、無上のほとけのこころ、ほとけののいのちは、すべての人の胸に宿っていることを悟ることができました」(柳澤桂子、「生きて死ぬ智慧」27頁)とあるように、仏の在り処は理性的に解明されたという画期的な発言が見られる。問題はその解明が論理実証主義による実証ではなくて、主観的な悟りであることを「智慧のおかげ」と言われていることに深い意味があるようにいおもわれる。そのことは次のような般若心経の解読に表われている。

「ほとけの智慧は大いなるまことの言葉です、一切の智慧です。これ以上のまことの言葉はありません。一切の苦を取りのぞく真実でb偽りのない言葉です。」(柳澤桂子、30頁)。しかも、前掲のように、「ほとけのこころ、佛のいのちはすべての人の胸に宿っている」(27頁)のであれば、人はすなわち佛なりとも言えるのではないか。柳澤桂子氏はそれを悟られたのであろう。

 

 

 

«霊魂は宇宙に素粒子として存在するのか