2017年3月23日 (木)

人は仏哉

   春はまだ遠い。この山里の緑はまだ淡く、風は冷たい。野禽も野獣もまだ騒ぎ出していない早春のある日に、一人の男があの世に旅立った。だが、生きている者にはそうとは分からなかった。いつものように挨拶をして、にこやかに話を交わし、働きに出たのである。これを疑う者はいなかった。
 生き身のままに仏になった。人にはそれがわからなかった。それから数日が経ってもそれに気づく者はいなかったのである。だが、本人は明らかに違った人間になっていた。自分であって自分ではない。不可思議な力が自分に備わっている。仏ががこの世に生きているとは誰にもわからない。このような成り替わりの命を授かった人間を見つけ出せるならば人のこの世を見る目も変わって来るだろう。
 今の世にこのようなことはばかげた妄想だと退けるか、一笑に付すか、気味悪く思うか、人によってその受け止め方は違うだろう。だが、現実は変えようがない。異次元の生き様が其処にある。昔の行者はこれを自分の体験にしたのであろう。今では千日回峰を完成した阿闍梨がその人であろう。不可思議な体験の世界である。現代人にはおよそわかっりっこない体験知の世界であろう。
 このようなことを日本の四季はいろいろな形で教えて呉れる。今は春である。山里に身を置いてそれを思う。偽りの繁栄を追い求めている人間はやがて自らの業によって滅亡するのではないか。それを気づかせ、それから人間を救う時はいつやって来るだろうか。

2017年3月21日 (火)

無事に彼岸に着いてくれればいい。

  無事に彼岸に着いてくれればいい。其処がどのようなところわからないが探検する気持ちが湧いてくるであろう。いのちがあればの話であるが。霊魂不滅というからそれを信じるしかない。仏教ではそう教えている。
 此岸のことは大方終わった。もうすることも残っていないようになったが、それでも皆無ではない。まだ一灯の火をともしていたい。そういう心境が今の生き様であるように思う。余命とも余生ともいうのかもしれない。そのような年齢層の人間を満足させる社会はまだ構築されていない。昭和23年生まれの団塊の世代が今は69歳であるがこの年齢層が80を超えるころまでに超高齢化社会の社会モデルを作っておく必要があろう。医療・介護に相当な財政負担が必要になることは必定であろうから。
 これから10年がこの国の勝負どころであろう。どのような国にしたいのか、どのようになれるのか、内外のプレッシャーをどのように凌ぐのか、その目標と実現可能性を見極めるべきときであろう。

2017年3月20日 (月)

自然に還って生きる

   今日は春分の日。少しは温かくなった。これからぼちぼち動き出すことにしよう。それぐらいがこの歳にはちょうどいい。自然に戻って生きる。社会という厄介な場で生きなくてもいいようなことになっているのでそれなりの生き方がでできる。
 それなのにいつまでも社会とこれまでのようにつき合って生きることに生き甲斐を見出そうとする人もいる。もったいないことだと思う。せっかく天が呉れた機会を無にしているようでどうしてそうなのかと首をかしげたくもなる。それは生意気なようであるが、そう思いたいときがある。何しろ、もう90である。後⒑年あれば上々ではないかと思う。それならばこの機会にこれまでにはなかった自由を楽しんでみたい。それが社会からの自由である。自然に立ち向かって生きる。自然との緊張関係の中で自然との同一性を発見し、自然に還って生きる。それが残された人生なのだろう。

2017年3月18日 (土)

人類の連帯は拡大している

 このところ、世紀の大転換が英米を先頭に展開されている。これこそ誠にアングロ主導の文化大革命!
 これが成功するか否かは、EU の動向に懸っている。連帯、連合、連邦と相互の結びつきは強くなって、国家になる。そういう道筋が描かれていたのであろうが、英米がそれを自我のために打ち砕いた。文明の衝突が欧米内で発生した。歴史の歯車を逆展開させるような人物が時の人となったのである。
 アメリカのトランプは4年、8年待てば退場する。そのあとも同じような人物が大統領になるか否かは、世界が決めることになるだろう。EU を離脱後の英国が英米帝国を築かない限りこの動揺は続くとみていい。
世界はそうはさせないことは明らかである。国粋主義や国家主義が再登場出来るほどに世界は孤立していない。地球は小さくなっている。国家がメルトダウンするほどに人類の連帯が物心両面で広がっている。移民や難民の怒涛のような動きに国家主義で対抗できるものではない。人類は、博愛、友愛の精神が自我の横暴を抑え込む力を身に付けているのではないか。
 

世界第2位の経済大国中国に追い付けない日本か

  停滞、沈滞の日本と発展、拡張の中国、このような印象が1992年の訪中以後の中国の発展を裏書きしている。あの頃は昔の中国の街並みがあった。街路は牛、馬車と自転車であふれていた。高層建築は全く見られなかった。北京オリンピクと上海万博ですべては変わった。
 上海の今、がテレビに映っている。高層建築が乱立している。論より証拠である。じっとテレビの映像と中国人のおしゃべりを楽しむことにした。中国人のタクシードライバーが案内人である。スモグがひどい。経済発展の証しであろう。タクシードライバーは、それでも、いや、それだから、日本での爆買いを羨む。第二の上海を訪ねる。屋台が出ている。福岡のようだ。いや、新世界か千日前か。上海在住の日本人の8割が住んでいる名都城を訪ねる。タクシーに乗って旅に出るというBS1の(地球タクシー「上海を走る」)企画だった。
 日本の今、これが心配になった。二回目の東京オリンピックが2020年に設定されているが、無事に乗り越えて期待されている経済効果を生むことになるのか、地震に見舞われて陥没するのか、予見できそうで出来ない。混沌とした状態ではないか。東京都政の混乱ぶりがその不安に輪をかけている。更に厄介なのはトランプ旋風、あるいは竜巻で、根こそぎ日本の経済基盤が壊されることである。

 

2017年3月17日 (金)

幼い頃の瞬間に立ち戻って生きる

  人生の終末は静かなのがいい。無に徹するという境地にあこがれる。静寂の中に動きを知るのがいい。大空を見渡して雲の動きを見る。樹々の枝葉の静かにそよぐ音を聞く。川面の動きを凝視する。そういう日々が幼い頃にあった。一人を楽しんだのもその頃である。
 そのむかしに戻ろうと思う。なつかしい頃との出会いがこれまでの時間を消してくれるかもしれない。時間が消えた人生はなかったに等しい。すべては夢だったということになる。人生とはそのようなものであると思うと身も心も軽くなる瞬間があるかもしれない。その瞬間を求めて生きてみたい。
 人生の価値はこの瞬間にある。静かさの中に身を置くことによってその瞬間に出会うことができるかもしれない。そのような瞬間を求めて生きることにこれからの人生を賭けてみたい。この世のためにすることがなくなったのであれば、世の中が見放したというのであれば、何物にも囚われることなしに、幼い頃のように、何ものにも囚われることなしに、じっと見つめて居よう。掛け替えのない瞬間に出会うかもしれない。こちらが求めても得られないような瞬間が何処かからやって来る。その瞬間に出会うまで生きていよう。それがこれからの生きる姿勢である。そう言い聞かせて生きる。

生々流転が生命の継続の法則である

  糞尿譚にたどり着いた後、気が付くのは公害たれ流しの時代がこの国にもあったこと。1970年代の産業公害は四大公害裁判によってその実体が明らかにされた。熊本・新潟の水俣病、富山のイタイイタイ病、四日市の喘息は記憶に新しい。その後、1980年代の日本の繁栄があった。そして1990年代以降2000年代まで「失われた20」年という悲惨な時代が続いたのである。この因果の連鎖をどう思うのか。時代の変遷の法則は判然としているではないか。
 善悪も正邪もすべてのものは因果の法則で巡っている。これには公転と自転の関わり合いがあること、恒星(太陽)と惑星(地球)の関係のようなものである。宇宙の法則によって地球が動いている。地球独自の動きがその中から生まれている。これを解いたのが曼陀羅の世界である。それを解明する人知が科学である。私はそう思っている。
 今現在の世界の情勢もこの法則のもとに動いているのであるから単独でどうこうなるものではない。趨勢によって動き、つまずきによって反転する。その繰り返しが世界の歴史となっている。今は、右傾化だとか、国家主義だとか、これまでの左翼化、グローバル化に疲弊して、反転の時期に入っている。この時期が続けばやがてまた逆の反転期に入るであろう。世界の動きが国家の動きをリードし、国家はその影響下で、自らの道を選んでいる。現状の変化にうろたえる必要はない。このような生々流転が生命の継続の法則である。

2017年3月14日 (火)

糞便学(scatology)をメモって。

 トイレの話は当然ながら糞便学にたどり着いた。インターネットで拾ってみると、トイレの起源から近代のトイレまでヨーロッパの歴史的事情が明らかにされている。古代ローマは優等生でギリシャは劣等生であった事情が明かされている。下水道の整備が決め手であったようである。「中世ヨーロッパの匂いは糞便の匂い」といわれたほどに汚物が街に捨てられていて臭かったようである。そのにおいを消すために、ヨーロッパではハーブと香水が発達したといわれている。だが、一方では排泄を恥ずかしいことと見做すキリスト教の教えから個室トイレが修道院や貴族の間で発達し、庶民は「おまる」に頼ったという。
 12~13世紀のパリでは、道路の真ん中に水が流れており、そこに『おまる』の中身を流し,汚物はセーヌ川へと運ばれていったという。イギリスのケッブリジでは、汚物はゴミと一緒に捨てられており、3週間ごとに市の職員がかたずけるのが決まりだったとか。だが、この取り決めはほとんど守られていなかったようで、一般庶民は、公道に直接ぶちまけていたという。
 14世紀の中頃でも、下水道の敷設は遅々として進んでいなくて、ロンドンでも、汚物は道端の汚水溝にそのまま捨てられ、大雨が降れば、中身の汚泥が道じゅうに広がり、石畳の道路は汚泥で常にヌルヌルした状態であったという。ハイヒールはこのような道路を歩くための履物であった。パリでも事情は同じだったようです。18世紀のイギリスでは汚物除けのオーバー・シューズが流行したそうです。
  こうした事情が改善するのは19世紀に入ってからで、そのきっかけは、1830年代のロンドンにおけるコレラの大流行であったという。

2017年3月13日 (月)

トイレは家の中で一番落ち着くところ

  家の中で一番落ち着くところはと尋ねられるとトイレと答える人がいる。私自身もそう思うときがある。自分だけの居所は此処だけで、誰にも妨げられることなしに思いに耽ることができるからであろう。それに排泄という行為がそれを援けている。すっかり出せば気持ちが落ち着くからであろう。
 トイレはそれなりの大きさの空間で広くも狭くもないのがいい。この独立した空間は誰にも妨げられないところである。瞑想にも適している静かなば場所である。和式よりも洋式のトイレがこれに適しているのも皮肉である。
 ところが、ホテルなどでは、バスタブと便器が同じルーム内に並置されているので、このような個室の楽しみはない。トイレは、この国では御不浄ともいわれるように、穢れのある場所という印象が憑いて回っている。だから浴場とトイレが一つの部屋にセットされているのには違和感がある。多くの人がそう感じているのではないだろうか。
 逃げ道の無い所へ追い込むことを「雪隠詰め」という習わしがあるが、これなどはトイレを隅っこのイメージに重ねたものである。トイレは部屋の外の隅っこにしつらえてあるのが普通だった。その庭に手水鉢が据え付けられていたものである。住居とは別世界だったのである。これは糞便がくみ取りであったことによるのであろう。
 トイレを明るいイメージでとらえるようでありたい。排泄は健康の源なのであるから。排泄物によって健康度を判断することができる。快便ほど大切なものはない。

 

2017年3月12日 (日)

駅や寺のトイレはどうだったのか

  駅のトイレが一番汚い。これは今までの定評だったし、実際にそうだった。一度、駅便すればわかるだろう。とにかく旧式の和式トイレが依然として定番である。便所は床の間以上に大切なところである。毎日の健康をチェックできる場所でもある。駅で簡単に健康をチェックできればありがたい。それぐらいの配慮をする健康志向を望みたい。
 アメリカで弱ったのは、デパートやショッピングセンターの便所に入るのにはコインがないと鍵が開かないことだった。あれでは急な用足しの間に合わない。コインを持ち合わせていないと命取りになる。日本でも最近コインの必要なトイレが出来ていた。アメリカのまねをしたのであろう。
 寺のトイレはどうなっているのだろうか。寺ではトイレ掃除は小坊主の仕事だったと思う。本山などでは高僧がトイレ掃除することはない。末寺などでは、僧は一人しかいないし小坊主もいないとあって、僧職がトイレ掃除もするか寺僧の家族の誰かが分担したり交代で掃除するということになるであろう。くみ取りのトイレは木造の建屋が普通だから丁寧に拭き掃除も手でやることになる。有名寺院などのトイレは部屋自体が大きいので拭き手にも心の余裕につながる。
 むかし、塾生が深夜の勉強をトイレの中でした証しが蠟燭の燃え後で残っている私塾が但馬にある。池田草庵禅師の青溪塾でその後を見た。明治期の偉人たちがここから生まれたのである。

«あれやこれや不安が堆積している